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三、地元大商人の誕生
山本家の白根移住
伊勢屋・山本家は、藩政前期鹿角に誕生した大商人の一人である。家伝によると、山本
家の初代伊勢九郎兵衛
寛文〓
年歿
)は伊勢国の浪人で、三戸から白根金山へ移ったという。
移住の年代は不明だが、その際三戸の菩提寺日蓮宗妙光寺から本光院を分寺し白根へ移しており、これが正保一
年(一六四六)八月とされているので、その前後と思われる。
三戸では何を生業としていたか明らかでないが、白根移住に当たり馬の背で運んだといわれる器物の中に、総
鮫皮張りの小箪子など立派な調度も残っており、少なくとも窮迫した浪人の移住ではなかった。白根盛山の噂を
耳にし、一統を率いての移住であったと思われ、白根では春木、木炭、坑木等を商っていたと伝えられる。
しかし、白根在住はごく短期間であったらしい。わが国開闢以来の金山と謳われた白根金山も次第に衰えを見
せ、寛文(
一六六一
~七三
の頃から銅山に移行した。銅山は更に多量の薪炭や木材を必要とし、二代目久治の代には
不材をはじめ諸資材の集散に便利な毛馬内へ本拠を移した。また同時に本光院をも毛馬内へ移している。
鉱山との取引
伊勢屋では当初材木その他の物資を鉱山へ供給していたが、元禄の頃から鉱山に対し直接投
資を始めるようになった。
兀禄八年(一六九五)、三代目山本九郎左衛門に対し、銅山請負のための資金調達の保証と物資供給の依頼が