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る。

当年ハ綿買入れ取替木綿にいたし度候間、源太郎殿江御相談様子知らせ申べく候。此節上方綿下直に相成る由に御座

候。

移入された繰綿は、毛馬内や花輪の下級武士や商家の内職にまわされ、糸に紡がれた。伊藤家『御年代記』

伊藤

家文書

)には、天保四年凶作のため上方からの繰綿の移入が止まり、内職が出来なくなって大変困った、とある。

伊藤家は知行二〇石、桜庭家の用人を勤める中堅の家臣である。桜庭家家中では殆どが糸紡ぎの内職をしていた

といわれる。

糸紡ぎの賃金は、取替木綿といわれる反物と相殺される。取替木綿は紺屋で染め上げられ家族の衣料となり、

第8表文化一二年秋田からの移入綿

第三節商業の発展

(『御買物覚』文化一二年・佐庄文書)