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衣類関係については、『雑書』天和二年(一六八二)九月八日条に、太物に関する記載がある。
、太物百五端付五拾駄、鹿角花輪村新町六左衛門、大町庄太郎他領へ相出候。改通し申さる可き也。
新町に六左衛門、大町に庄太郎なる商人がいたことが分る
町井家文書『日記書留覚』によれば、文化六年(一八〇九)五月花輪町に御用金四、四五〇両が課せられた。
この御用金納入を命ぜられた人々は、何れも当時花輪を代表する商人と思われるが、名前が載っていない零細な
商人まで一歩二歩の御用金を割当てられている。
金額献金者名
八〇〇両吉田新六
六三〇両庄之助(佐藤屋)
〃六十郎(村屋)
〃六兵衛
三三〇両村山善左衛門
一六〇両新蔵(東屋)
〃喜之助
〃徳之助(小徳)
一二〇両次郎兵衛
一〇〇両又四郎(小濱屋)
藩政後期の商人・諸職人については、渡部幸三郎氏が残存する大福帳等から抽出して作製した表を次に掲げる。