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農業を支える役畜
たった。預り山そのものの広狭は村によって甚だしく均衡を欠いており、藩では村々の営農を優先させて入会山
の設定を認め、出来るだけこの不均衡の是正につとめている。しかし長い年月の間には様々な事情が錯綜し、内
山と入会山の境が乱れ、村々相互の協定が守られないこともあり、入会紛争を生ずるようになった。
村の営農に牛馬の飼育は不可欠であり、ひいてはその飼育に必要な秣場、草刈山の確保
は、村の生産を維持する上で極めて重要なことであった。役畜は厩肥を供給し、人力に
数倍する耕耘・運搬能力があり、村の農業を支えた。「一疋牛馬の踏みたる糞、大方田地五反計りはよく肥すべ
第4表盛岡藩の通別馬飼育数
森嘉兵衛『奥羽農業経営論』より)大巻秀詮『邦内郷村志』
南部叢書第5冊)による。ただし、馬数は村毎の書上の
計と通毎の総計は不突合