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田植えをする風景が近年に至るまで鹿角のどこでも見られた。従ってよいこの組は、多くの場合隣りあう家同志
が数軒寄りあって作り、それに本家分家の関係の家なども加わっていた。田の多少による労働力の不均衡は、〓
銭などで決済された。
この共同作業の形態は、田植に限らず稲刈やその他生活上の諸行事全般について行われていた。例えば屋根の
葺替えなども、村人全員による共同作業で行われる、村の行事の中に組みこまれた「よいこ」の一種であり、学
働力の相互融通ばかりでなく必要な資材や食糧の拠出にまで及んでいた。さらに一家の働き手が病気をするなど
の事があれば無償で労力を提供しあったり、火災等で家を失った場合は村全体で当座の仮屋を建てるなどしてこ
れを助けている。
一方村の慣行に違反すると、村八分などの処分を受けた。各村々には村の慣行を成文にした村掟とか村極とか
呼ばれる申合せがあり、その内容は、共同体としての利益を守り、秩序を維持するための、村の炊料山・草刈山
の管理運営の規定、用水堰・作場道の補修など主として生産に関すること、村の秩序・治安に関することなどで
あった。
罰
村極を守らない者が出ると五人組で注意しあうが、それでも守られない時には、定めに従い過料(〓
)や重い
金
場合は絶交の処分を受けた。この村方一同の絶交処分を「村八分」といい、鹿角では「一本立」と呼んだ村もあ
る。村八分にされると、冠婚葬祭に至るまで村の交際、共同作業から外され、村での生活が全く成立たなくなり
百姓にとって最も恐ろしい罰則であった。それを解いてもらうには、村の有力者の保証で村方に詫を入れ承認を
得なければならなかった。