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二戸、同一六日御泊関、同一七日御昼来満、御泊大湯、同一八日御泊花輪、同一九日御昼田山、御泊浄法寺であっ
た。巡見使の鹿角通行は前後九回を数えているが
後掲巡見
使表」参照
郡内における巡見コース、日程には殆ど変化がな
かった。
第7図大湯在郷坂の一里塚
即ち前日の宿泊地三戸郡関村を出立し、来満山中、大柴峠を越え折戸から鹿角郡大湯へ入るを例とした。大湯
宿泊の翌日、珠数かけ地蔵堂のあった在郷坂を上り宮野平村、倉沢村などの中通台地へ出、野中観音堂の前を猿
ケ野村へ至った。ここから低地へ下り浜田村を通り、古川村錦木塚〓
御茶屋を設けて休息した。この区間、今なお「天下道」の名が残り、
この間の一里塚の所在について、天保九年(一八三八)『御巡見御用控
汲川家
)に「一、珠数かけニ古塚あり。一、在郷坂之上ニ新塚あり。
文書
、猿ケ野村先き稲荷堂之前ニ新塚有り」と記されている。この区問
は、山中に巡見使昼食休憩の御仮屋、大明神と錦木塚前の二カ所に休
息の御茶屋が仮設されたが、その規模は次の通りである。
一、山中御仮屋
畳入用八拾五畳位、内八拾畳近江表
一、大明神御堂
新規壱尺三寸四方
一、同所御茶屋