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「御領分

社堂』

)。祭礼は六月一三日

は、毛馬内城主毛馬内権之助が寄進したもので後に藩主南部重信が安堵している

で、御守、牛王、巻数などが藩主に献上された。これをまとめてみると次のようになる

第1表鹿角の鎮守・産土神

大日堂

鹿角の古社として、また重要無形民俗文化財の大日堂舞楽で知られる大日堂は、数度の火災によ

り古文書、古記録を焼失した。

大日堂を管理し祭祀を司ってきたのは、世襲の別当安倍氏であった。別当の寺号は、三位坊、顕寿院、妙光院

と変ったが、寛文一一年(一六七一)より明治までは妙光院となっている。顕寿院は寛文五年から同一一年まで

別当であった義栄一代限りで、それ以前は三位坊と称していた

『寺社由緒世代書上之事』延享二年一〇月

〓・安倍家文書・『大日堂舞楽』所収、

)。

別当配下の社人の内、一ノ庭、籠屋、大博士と称する三人は、累代の神職(公式な神職としての裁許状は有しな

い)として祭田を所有していた。この三人は、正月二日の祭礼に舞楽を奉仕する責任者であり、別当の名代を勤

めることもあった。