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四、多面的な信仰生活
参詣旅行と講
第2図伊勢参宮日記(寛政二年)(米田家文書)
匹世の庶民にとって、参詣旅行は最も楽しく、また希望するものの一つであったと思われる。
伊勢参りを一生に一度の念願とする者も多かった。旅行そのものは、決して容易なものでは
なかったが、街道や宿場の整備にともない次第に盛んと
なった。
この参詣旅行の主なものは、伊勢、熊野、高野山、さ
らには金毘羅と言った上方参りや出羽三山などへ登るこ
とであった。特に伊勢参宮は、特別なお宮として参詣が
公認されていたために、近世に入ると爆発的なブームと
他
なった。江戸幕府は、他国一
)は勿論、領内を旅行す
館
るにも通行手形を必要とする政策をとっていた。しかし
抜け参り」と称して、勝手に通行手形も無く旅費もほ
とんど持たないで、参宮する者まで出て来た。
これに対し、幕府や各藩でも規制や参宮の心得などを
示して統制をとろうとしている。例えば盛岡藩『御家被
仰出』によれば、享保三年(一七一八)、同一二年(一七