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註2『御領分社堂』藩内社寺の沿革、山伏の奉仕する堂社を中心とした記録。宝暦年中。盛岡市中央公民館蔵。

註3『神社由緒書上帳不動院』延享二年、藩へ提出するため不動院に関わる社堂の由緒などを記したもの。関

西大学図書館蔵。

註4『不動院袖扣』不動院の記録。原本は失われ、昭和一五年に浅井小魚が筆写した『不動院近代事歴』(能代

市・和田氏所蔵)が残っている。

註5『南部領寺社鑑』盛岡市中央公民館所蔵本によったが、これは写しで、原本は稗貫郡湯本村の杉村松之助所

蔵とある。

註6この大坊と不動院の関係について、菅江真澄は文政七年の『さくらがり・下』の中の「由伎の宮桜」で次のよ

うに記している。「大坊一位もその西町にうつり住居たりしが、後胤なきよしをいへり。また武田の家士に、和

ノ兼蔵といふあり。(中略)和田兼蔵(中略)修験大聖院の弟子となりて藤崎坊と號ひしが、ふたたび此毛馬内に

木りて、主人武田の命にて、大坊一位の後跡をつげり。(中略)不動院の上祖なり」(『菅江真澄未刊文献集・一』)

註7これらの文書の原本は伝わっていないが、金万家文書『神社佛閣由緒井世代書上扣』に記されている