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つもりこし年も千束にふりぬらん其にしきゝ名にたてしより

東政智

名にやたつ其錦木のつかね緒もとけぬ思ひの幾世つもりて

高田康英

胸あわぬためしもかなし細布のたつ錦木に名はのこれとも

菊池立徳

ほかに和歌は源顕良、栄染、良意、江都真、関村清行、薩州川内小倉薩善、盛府新渡戸平常訓、秋田能代政直、

秋田阿仁元何、同正政、清雅、杜陵矢羽々正身、嶋川十郎、鳥谷部紹胤、三戸田子ノ薯蕷丸がそれぞれ載せている。

このうち栄染は「狭布里」の人、次の二首を記している。

こと問はん錦木塚の玉かしは苔のふりにし昔語りを

おりを得てきて見るけふの狭衣もむねあわされハとくるまもなー

錦木集

文化

右の黒沢其石の歌句帳と殆ど同時期と思われるものに『錦木集』

)がある。この集も大部

二年

分が俳句によって占められる。詩・歌とも前掲の歌句帳と重復して双方に写されているものがあ

七言

り、例えば漢詩では龍蕎山人「錦樹墳動

一や泉沢貞直、馬渕等高の作、和歌は三輪表秀以下の七首、為憲の

古

ものなどである。

「錦木集』に載る漢詩には前記の外、老僧小野奥、東都劉文州、玉山秀典、松尾資月、長安巍、玉山秀親、観

魚亭主人、米文澤、田鎖政積、北山貧児無為、北嶺雛僧、北山緇衣、晦渓道人、釋之杜多崑山、秋藩考〓堂主人、