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『狭布集』ほか

十湾亭蕗谷が編纂したものに『狭布集』

鎌田

家文書

)がある。狭布類題集として春の部二一六

〓、夏の部二三二句、秋の部二二五句、冬の部八七句の計七六〇句を収め、その俳人と句

数は、蕗谷二三八句、北水六九句、北水後北泉として二二句、麟趾六八句、知則四五句、素朴四三句、野棠四一

句、楚水二五句、顧影二一句、幽篁一九句、椿里一八句、計年一七句、竹露一四句、如川一三句、覧古一一句、

枝葉九句、月郷七句、鶴斎、言斎、逸友ともに六句、禾豊五句、王民、如圭ともに四句、南渓、三円、玉水とも

に三句、一竿、一誠、雲嶺、其外、有中、買山、一之、何峰ともに二句、そ泉、徳利、琴風、渓水、蒼江ともに

一句、ほか詠者名を欠くもの一八句である。この集の表紙裏に人名が明らかにされている

(楚水)豊口傅、(鶴斎)豊口俊司、(枝葉)鎌田忠八、(麟趾)瀧玄績、(竹露)立山市郎右衛門、(野棠)豊口

小七郎、(月郷)熊谷助右衛門、(禾豊)太田半十郎、(知則)村方半治、(計年)浅利成三、(王民)近内悦人、

(北水のち北泉)豊口文平、(椿里)福本傅吉、(幽篁)高橋市兵衛、(素朴)石川和助、(如川)豊口順蔵、(顧影)

鎌田真吉、(覧古)大森武八、(南渓)馬渕乙次郎、(一竿)内藤周蔵、(一誠)倉館理兵衛、(逸友)黒沢平治、

(三巴)瀧純左衛門、(徳利のち琴風)豊口甚内

梅咲や田へ遣行山の水蕗谷拵るやうに蚕の自慢かな日

ほっかりと朝日に梅の雫かな知〓

初桜きのふハ唯のさくらかな南渓

昼ミれハちいさき池や啼く蛙麟〓

慶應三年(一八六七)の於曽此一撰『花のちり』には、毛馬内から蕗谷、顧影、北泉、野棠、覧古、桑圃、〓