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第九章戊辰戦争と鹿角
第3図戦書朗読の図(田中北嶺筆・
『戊辰戦役図絵』・田中蝶氏蔵
)。
なお、続いて南部吉兵衛手勢の出陣式が行われた。
統勢揃いの上使番川村左学が法令を読上げ、御のし包み
栗、干いわし、大豆、くるみ、南天の葉しめて五品、御
手当金として金一両ずつが渡された(
花輪南部家『軍
中御用留帳」
一方毛馬内においては、向井蔵人・桜庭祐橘等の諸隊
が、九日丑の刻(
午前一時
~三時
)、二の丸南側にある御官所前
に勢揃いし、参謀太田錬八郎から戦書の申渡しを受けた。
今般軍を挙て其境に討入たる事は、同宗の親隣国の好
を顧ざるにはあらず、右京太夫殿の御為に不忠之族を
誅し、過激の徒を除き、百姓町人をして旧の如く案堵
せしめんか為なるを、心得違のものこれ有り道路に泣叫び山林に逃隠れんも憫む可きの至なれば、今豫め軍を挙る
故を告知らせ置くものなり(中略)是今般の軍を挙る所なれば、不忠の族過激の徒は赦す所に非れども、百姓町人に
至ては餓たる者には食を与へ、凍えたるに衣を与へ、家宅を焼かれたる者には居所を与へ、一国平定の後迄扶持し噐
可き之間、決して騒擾有る可からさる者也。
八月盛岡軍事方
(『新沢口従軍紀行』岩泉家文書)
進攻の理由として白石同盟に違背したことと、仙台の使者ばかりでなく当藩の軽卒まで誤殺した事を挙げ、九
條総督は再三鎮撫に兵を動かさないことを申しているので、庄内追討は総督の真意ではあるまいとしている。