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第5図扇田神明社の合戦図(田中北嶺筆『戊辰戦役図絵』)

十一日の夜、扇田の下もの方より敵不慮に襲ひ来るを、

身方大小銃を放ち是を拒き居うちに、敵又別に一手を

扇田の上みの方へ廻し、身方の後を絶来るにぞ、自ら

手詰の戦になり、敵は多勢にして身方の兵士壱人へ四、

五人つゝは向ひ大に戦しが、味方の兵士や強かりけん、

敵の死傷百人余り有て、身方の討死手負人数左の如し

といふ。

討死川野治郎治和井内捨蔵荒木田政次郎玉山良

蔵江刺家力太内田大蔵久慈源次郎東野万五郎

高橋堅治永田進之助深手小野治助手負小田島千

代治

一方対岸にあった向井・桜庭隊の行動について、『出陣

日記』は次のように伝えている。

十二日夜も明ぬ頃より砲聲烈しかりしを、昨日楢山氏

十二所より進軍して扇田に着陣のよしなれば、我軍勢

を催促の相図なるべしと思ひ、両将下知して発軍の用

意をし曙るを待居たるに、案に変りて昨夜より扇田に

合戦ありしが、殊に難戦にありつるとぞ、両将急ぎ出

馬して援け玉へと佐渡殿使来れば、両将そは大事なり

とありて兵士を引率して速に馬を進めたり。