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第7図板沢合戦の図(田中北嶺筆『戊辰戦役図絵』)
組頭中村忠陸御目付桂源吾御番子下田恒右衛門
同工藤丈八同和井内千勝御手人沢出可禄
同熊谷助右衛門同玉井文佐久同立山熊太郎
普代村御百姓左蔵可禄の鎗持也荒川村御百姓間之
御番子工藤六助の僕壱人
(『出陣日記』)
この戦闘で討死した中村忠陸、沢出可禄、玉井文佐久、
熊谷助右衛門、立山熊太郎の戦死の模様を『出陣日記』
は次の如く記している。
源吾は敵三十人余に取巻れ三人まで斬殺せしか、多勢
に及び難しと思ひしにや、腹を割て自殺しといふ。可
禄は敵十四、五人は向ひしが、鎗を以て突入れたれは、
敵逃去しが又もり返されて討死したるよし。助右衛門
は刀を以て働き、敵二人を斬仆し討死のよし。文佐久
は初め少し逃たりしに、左の腕に敵より打出し玉入た
れば、是より引返さんと言ひ大音揚て敵中へ討入り討
死のよし。熊太郎は初鎗をもて働しか、鎗折れたれは
太刀抜て働き、十二所の境古人奈良勝蔵なる者に討れ