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第8図毛馬内帰陣の図

(田中北嶺筆『戊辰戦役図絵』)

五日夜は篝火をたき、時折り擬勢を示して深

更から撤退を開始し、六日午前四時過ぎには

撤退を完了した。向井隊は一まず瀬田石に本

陣を移し、後小坂村鏡得寺に転陣して領境の

守りについた。南部軍は、石渕長根、大葉台、

沢尻を結ぶ藩境に防衛線を布き、一進一退の

小競り合を繰り返した。

五日夜、藩境に近い薬師森、黒岩山が連

合軍の手に落ちた。薬師森は毛馬内町を俯瞰

出来る要衝である。毛馬内の市中は大混乱と

なり、周辺の山村に避難する騒ぎとなった。薬師森の峰続きの月山は、新沢口の主将三浦五郎左衛門が守備して

一九日は桜庭隊が赤沢村の連合軍に夜襲をかける手筈である。その夜沢尻宿陣の南部軍に対し敵の夜襲があり

村は火災となった。月山守備の三浦隊は、桜庭隊の夜討ぞ遅れるな、と山を下って間道を薬師森へ進みこれを討っ

た。この戦闘で、山を守っていた大館方石田政治以下四名が打ちとられた。今でも毛馬内を見下す薬師森の頂上

近く、その四名の墓石が残っている。

いた。

夜襲を受けた本隊佐渡隊は、敵の裏をかき十二所まで押し出したが、兵士は戦意を失い、戦闘継続はようやく