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○同月五日盛岡からの藩士ら一八人拝見願出。
○同月六日官軍は一昨日より五日迄八~九〇〇人程も花輪に宿陳のところ、今日から追々盛岡へ出立する由にて、
人馬村々から残りなく徴発され、殊によれば田山迄も通し人夫で参るかもしれないとのことである。盛岡藩士ら上
下六人拝見願。官軍が今日も花輪へ四五〇人ばかり入ったとの知らせがあった
○同月七日盛岡藩士二人、肥前小城藩五人、秋田藩四人拝見願。
○同月八日荒屋新町花輪間は官軍通行のため、銅山荷物などの人馬継立は一切中止の状態である。秋田藩金輪五
郎上下四人、ほか肥前小城藩延べ四四人、鍋島藩四人拝見願。この日秋田藩三人が馬乗のまま、制止を無視して表
御門から乗打し西道御門を通り抜けるという横暴の振舞があった。
○同月一〇日昨日より大雪となったが秋田藩三人拝見願
○同月一二日花輪通の官軍宿陳の様子を聞くに、肥前小城藩秋田藩共に五〇〇人程が滞陳のところへ加え、大館
と桧山および十二所茂木も一千人程在陣の由。尤も昨日盛岡へ向って二〇〇人程出立したとのこと。花輪の市中は
御宿数十軒で、何れも家内を明渡して止宿させており、賄は本膳同様皿に五寸、何分丁寧に扱う様にとの達があっ
たという。肥藩等は至て丁寧であるけれども秋田藩には無礼の所業があり、市中にいつどのような変事がおこるか
計り難いので、銘々家財諸道具は遠在に頼みいつでも体一つで立退ける様覚悟し、夜中は丸飯までも用意して昼夜
油断なく用心をしているとのことである。
花輪宿陳の肥州小城藩四〇〇人程は、今日十二所へ引返した。秋田十二所桧山の人数は花輪宿陳の所、今日帰国の
由、大館人数は田山辺より引返し今日花輪泊りの趣である
月一七日官軍六〇〇人秋田から来て今晩花輪に宿陳し、明日は盛岡へ出立する由。また盛岡からは三〇〇人
程今日出立して秋田へ通行するとの知らせがあった。
○盛岡から、手負いの者へ下さるための牛肉半疋分を至急送れとのことで、今日使にもたせて出立させた。