テキストを表示
トの増置発令をみたものと思われる(
)。小山少参事は元黒羽藩士、三戸県権判県事であった。
以上『田中正造全集』
男一巻・岩波書店
県分局は、もと花輪通代官所に開庁された。御用留類には、花輪分局とせず花輪御役所または花輪出張所の名
称で認められていることが多い。諸官員の宿舎については、一〇月に入り花輪圧屋所から村々庄屋に宛てた文書
に、御本丸井御役所にて〓建てしている方々が漬物汁草などに甚だお困りとのこと、大根五、七本外に漬物菜か
ぶ類二、三把宛も届けられたい、御本丸に少参事小山様上下五人、菊池様上下二人、佐藤様同二人、田中様同二
人、御蔵御役所に増渕様同二人、御門長屋に木村様同五人がおいでであるとしている。
これら江刺県本庁からの役人のほかに、少なからぬ人数の人々が地元鹿角から下級の附属補や捕亡(
罪人を捕
える役
として採用されていた。現地の実情に疎い本庁派遣の上級官吏の欠点を補うためには、地位や待遇は低くとも重
要な役割を果した人たちである。例えば四月三日、寸陰館附属内藤調一が「其方儀御雇を以て本県花輪出張所民
政掛補申付候事」の辞令を受けている(
田中正造
『日記』
。また九月一八日付小山少参事から早川大属に宛てた報告に、
次の文面がある
工藤利悦「江刺県の沿革」
引用・『江刺史談3号』
)
)。
一、吉田貞作附属補、月給三両下さる、申渡し候事。
一、阿部忠右衛門、奈良三代治物書戸籍調申付け、月給壱両弐分下さる、申渡し候事。(中略.
一、関隆次郎、奈良重助捕亡申付け、月給金壱両宛下さる、申渡し候事
一、大里安蔵、工藤和太郎捕亡申付け、月給金三分宛下さる、申渡し候事。
(以下略)