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第一節一新された行政
同年一二月二三日、県は「郡長・書記職制及び郡長掌管の条件」を公示し、同時に各郡長を任命した。鹿角郡
長には山田純が就任した。かくして翌一二年一月一五日、郡役所が開庁し、郡制の施行をみたのである。郡役所
は県内九カ所に置かれ、鹿角郡役所は花輪に設けられた。
明治一三年『秋田県治一覧概表』によると、鹿角郡役所の職員構成は郡長一名、郡書記八名となっている。秋
田退邇新聞明治一二年一二月二一日付で花輪の近況を報じたなかに「郡役所は関向と云へる地にあり、其の吏員、
筆生、雇委員に至るまで威儀堂々郡内の事務を整理す」と記している。
なお鹿角郡長について、その歴任者をあげると次の通りである
〓7表明治一一~四五年鹿角の郡長
川村左学『手控』
・川村家文書
)によ
一五年の記録(
ると、郡書記鹿角一〇人、北秋田一一
人、郡長月給三五円とある。この時点
の郡は一つの行政区画であり、郡役所
は地方官庁であった。郡長の職務は町
村を監督し、国や県の行政事務の末端
として戸長に命令を下すことであった。
従って官僚的性格が強く、町村会に対
して中止権や議決施行の拒否権、解散
権をもっていたのである。