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戸長役場

〓区町村編成法の公布により、村の性格は「一町一村の人民は利害相依ること一家一室の如き

あるのみならず、亦財産を共有し、一個人の権利を具ふるものの如し」「其町村は視て以て白

然の一部落とし、戸長は民に属して官に属せず、該町村の総代とし」

議案説明

書の一部

)云々と表現されるように、自

然発生的・生活共同体的な権能を備えた行政区画であり、自治団体であると認められた。

一二年一月、「戸長公選規則」が公示された。戸長の被選挙・選挙権資格は、ともに町村内在籍者、二〇歳以

上の男子、地租を納税するもので、その欠格条件は風癲白痴、懲役一年以上実刑者、身代限りの処分を受け負情

の弁償を終えざるもの(

のち、官吏・教導職

・県会議員を加える

)とした。投票は、被選挙人の住所・姓名を記し、封緘、自己の記名を

行ない、代人

戸長・筆

者は不可

投票も可である。また当選については当選人の住所・氏名・年齢を記し、郡長経由で

県令へ届出ること。任命は、県令から辞令書を渡すこととし、病気以外は辞任できない、任期は三年、再選を妨

げない等のことが定められている。

同年七月以降、町村ごとに公選による戸長が置かれるのにともない、町村組合とその事務所はいったん廃止す

ることに決まった。しかし間もなく戸数僅少やその他の理由で、数町村合併の戸長を置く特例が、請願によって

認められることとなった。次いで七月一日県布達をもって「独立町村・数町村組合戸長ヲ置クモノ及ビ首部役」

の指定をみた。鹿角郡の場合は、さきの区務改正の際に定められた首部事務所、組合村事務所が、そのまま首部

役場、村役場に改称されただけであった。毛馬内でいえば明治一〇年の「毛馬内村外一ケ村事務所」が、同一一

年から「毛馬内村外一ケ村役場」となったごとくである。

鹿角郡における首部役場・所属村数について、『秋田県史』

第五巻一四

一ページ

)は次のようにその数を掲げている。