テキストを表示

里寿を「花輪村組合戸長」に任ずる辞令が掲げられている。また同書記事に「大湯村外一ケ村戸長役場」戸長宮

野勇次郎とみえ、『柴平村誌』(

佐藤与一編

昭和三二年

一には二一年九月「柴内村外一ケ村戸長児玉正次郎」と記されている。

八兵

なお二二年錦木村発足までの組合戸長は、駒ケ嶺政則

)であった(

「錦木村

郷土史』

)

いのように一七年の役場所轄区域の改正は、事実上の町村合併を進める結果となった。鹿角の

村々は一〇の組合役場に統合され、それぞれが新たに連合村会を開くことになった。

連合村会

柴内村他一ケ村の連合村会日誌は、一八年五月二五日、光熱費審議に白熱した場面のあったことを伝え、当時

の村会の有様を窺うことができる(

)。

「柴平

村誌』

)

)。

書記油・蝋燭ノ項目ヲ朗読ス。

一番原案ヲ可トシ、一番曰、本項ヲ二円五十銭ト修正セシ故如何トナレバ退散ノ時間モアリ夜間事務ヲ取ルアラズ故

一右ノ如ク修正セン。五番ハ二番ノ原案維持論ニ賛成セン其故ハ此項目ハ決シテ多額ニアラズ如何トナレバ一挺ノ蝋燭

一テ数人ノ用ヲナサズ一名一挺ヅツ用ヒザレバ燈火ノ用ヲナサズ一年度則九ケ月ニ原案ノ如キ費用スレバ必然ナリ且

紹期ナドノ営ハ午前二時頃迄モ事務ヲ取リ居ル事、当員現ニ目撃セリ、然ルトキハ一夜一名ニ付五挺カ六挺位ハ烙シ事

時々アリ然ルトキハ原案ノ如キ費用スルハ当然ナリ、依テ二番ヲ賛成セン四番一番ニ賛成ス三番一番ニ賛成ス註

長曰一番ノ修正説三番四番ノ賛成アリ依テ一ノ議題トナリ依テ一番ノ反対説ヨリ決ヲ取ル一番ノ修正説ニ同議

ノ各員起立アレ起立者一番三番四番ノ三名ナリ議長曰原案ニ賛成ノ各員起立アレ起立者二番五番六番ノ三名ナ

リ議長又曰起立者同数ナリ共ニ過半数ヲ得ズ依テ町村会規則第十三条ニ依リ議長原案ニ決シタルヲ報導ス。

議論は熱気をおび、翌日ようやくすべての議決を終わり閉会した。なお当時の連合村会議員は次の通りであった。

議論は熱気をおび、翌日ようやくすべての議決を終わり閉会した。なお当時の連合村会議員は次の通りであった。

柴内

柴内

一番米田伊兵衛

平元

)二番木村富弥

)三番浅水乙吉

柴内

平元

四番兎沢儀兵衛

平元

)五番川又久八

)六番関源太郎