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かくて調製された戸籍帳は、次の例にみることができるが、谷内村のそれは氏子書上げの示達前の作成とみえて、
旧慣に従って『宗門明細書上帳』と表書きの上、延命寺旦那とその宗旨を記し、後者の長嶺村のものは『戸籍書
上帳』として八幡氏子と明記している。
(表書〕
明治三年
宗門明細書上帳下書
午六月鹿角郡谷内村
(阿部家文書)、以下人名は仮名とする。
伍長
明治三午七十一才源右衛門
文化十三子十一月同村百姓小太郎娘娶ス
同七十才妻はな
卅二才男子源助
安政三辰四月同村百姓要助娘娶ス
同卅才妻すみ
同十才孫源八
同六才同常
一、田八反五畝谷内村
畑弐反五畝同村
一、林弐ケ処
一、馬三疋
曹洞宗延命寺旦那
重太郎組
明治三午四十六才元七
弘化三午十一月同村百姓兼四郎娘娶ス
同卅九才妻よー
同廿一才男子勘二郎