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百八十筆○書入、廿二ケ村筆数前同断○讀合、廿二け村

第15表明治13年鹿角郡の反別及地価

(『秋田沿革史大成』により作製〕

筆数前同断○寄附、廿二ケ村筆数前同断○検査、十

ケ村」とある。わが郡は県内最小でその村数も筆数も

少なかったとはいえ、その事務がいかに繁忙を極めた

か容易に想像できる。村々の経費負担も大きく、とく

に前段の調査事務に要する経費はほとんど民費負担と

なったので、適宜土地割をもとにした村民の拠出によ

らざるを得なかった。八年から一二年まで耕宅地・山

林原野の改正に支出された費用は、鹿角郡で三五、三七

八円余の多きにのぼり、当時の物価から推してその莫

大であったことがわかる。

地租改正は、まさしく国家的大事業であった。その

意義は近代化を指向した新政府の重要な政策の一つと

して、封建的貢租から脱却した近代的租税体系を再編成することであり、ひいては領主的土地所有の解体の上に

立って農民的土地所有制度を創出するにあったといわれる。その意図はみごとに達成されたが、反面、これより

地主的土地所有が増大し、小作人層の増加をみるという大きな社会問題をかかえることにもなった。