テキストを表示
第一条従来町村の区域広く、人口多く又は相当の資力ありて独立自治の目的を達し得べしと認むるものは、之を分合
すべからず。
第二条前条に添はざるものは合併すべし。民戸なき町村は総て近接市町村に合併し、土地なき町村は其地籍を有する
町村に合併し、若しくは其地籍を分割すべし。
第三条町村合併の標準は、資力の如何区域の大小、広狭を量り、適当処分すべきも、戸数は凡そ三百乃至五百戸を
りと為し、従来の習慣に随ひ、町村の情願を酌量し民情に背かぬことを旨とすること。現今所轄区域にして地形民情
に於て故障なきものは、其区域の儘合併をすることを得べくも、合併町村の区域広潤に過ぎ、交通の便利を妨ぐるこ
となきよう注意を要す。
第四条町村合併については、深く将来の利害得失を考慮に入れ、郡区長、町村吏員等に就き之を諮詢し、勉めて民』
の帰する所を察知せねばならない。
第六条合併町村は新たに名称を選定し、旧各町村名は大字として之を存置すること。名称は大町村名を以てするとか、
各旧町村名を折衷するとか適宜斟酌し、民情に背かぬようにすること。成るべく歴史上著名の名称を用い、之を保存
することが望ましい。
県は県庁各部課の属官を合併の取調委員に選び、山本・北秋田・鹿角三郡は安江仙政、岡忠格に担当させた。
また郡単位では郡長・郡書記を実施委員に任命し、鹿角郡においては郡長小田嶋由義、郡書記大山清敏・土濃塚
勝礼・奈良正敬がこれに当たった。新町村の分合について、初め鹿角郡は一一町村と復命しているが、その内容
は明らかでない一
「秋田県史』
第五巻
○県の態度はすこぶる慎重で、八月再調査の上まとめた最終的編成試案に対する郡
別の諮詢会を開くこととし、鹿角は八月二七日・同三〇日の日程で行われている。諮諭会は郡長を会頭に、郡内
四村吏員を会員として「新町村区域に付、人情風俗の合否、交通の便否、名称、役場の位置の適否及負担の堪否
等に対し、戸長の意見を陳述せしめ、併せて民意の在る所を代表せしむべし」という内容であった。