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况ノ嶮坂ヲ超ヘテ岩手青森等へ通ズルノ難儀アラザル而已ナラズ、地勢上北秋田郡トハ唇歯ヲ相為スヲ以テ、當郡人民

ハ目下轉層等ノ模様ナシ。

羽七項ニ付テハ、最初青森縣弘前へ青森縣廳ヲ移シ、北秋田郡及鹿角郡ノ弐郡ヲ其所轄ニ編入スベキ計畫ヲ為シ、弘前

コリ誘導セル際、北秋田郡日景辨吉・横山勇喜・麓長治等賛成シ、回文ヲ以テ當地方ノ賛成ヲ求メタルモ、加盟押印セ

ルモノ僅ニ両三名ニテ、事自然煙散霧消ニ帰シ、其後岩手縣ヨリ轉屬ノ誘導ヲ申込ミタル事無之候。

また花輪警察署長からは、花輪にもそのような者はいないとの報告と共に、左の通りの別紙を添えている。

自明治二十二年一月一日

自明治二十二年一月一日

鹿角郡花輪町へ商品輸入荷高調

至年十二月三十一日

至年十二月三十一日

右手縣ヨリ輸入高五百駄魚類・鐵・呉服太物・古道具・小間物類

青森縣ヨリ輸入高四百駄八戸出魚類及呉服太物

秋田縣ヨリ輸入高九百駄塩・塩引・塩鱒・其他魚類但鹿角郡除ク

自明治二十三年一月一日

鹿角郡花輪町止宿人旅行先地調

至同年六月十五日

至同年六月十五日

岩手縣へ旅行人三百八十八人

青森縣へ旅行人百三十三人

秋田縣へ旅行人六百三十七人但シ鹿角郡ヲ除ク

花輪町にあっては、岩手県からの商品輸入高が青森県のそれを凌駕し、さらに旅行人においてその傾向は強い

前記毛馬内分署の報告に、毛馬内は商業品、雇人等青森県との関係がつよく、岩手県秋田県ともに同日の論では

ないとあることと対照的に趣きを異にしている。

鹿角郡の存置

鹿角郡は小郡であるから、しかるべき統廃合を必要とする説もまた、早くからあった。郡制

の施行に際し、二三年七月北秋田郡扇田村、十二所町有志者から秋田県宛に「北秋田郡と鹿

角郡と合併の必用」その他の意見書が提出されている。その文面中関係ある部分をみると「北秋田ハ格別小郡な