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一、騎馬(提灯)一〇張

一、ブリキ水桶二〇箇

、鳶鍵二〇挺

、糸繩但し一本に付長五丈一〇飴

一、竹楷子一挺

一、器械置場-火防組屯処として諸器械備置一ケ所

一、木同二挺

であった。

この消火器材からみると、桶で水をリレーする一方、風下の家などを鳶鍵で破壊し類焼に区切りをつける。こ

れがその頃における消火の基本的姿であったと思われる。

三年消防組設置基準が各町村に通達された。花輪消防組は二三年五月一〇日に組織、発足し

た(

)。

と(

『花輪

町史』

発足当初の組織、器械器具等の設備の詳しいことは不明であるが、たまたま発足

直後の同月二二日尾去沢鉱業所で火災があり、出動、消火にあたっている。この時点で、花輪消防組は一般には

花輪消防団といわれ、火防器械としてポンプを所有していたこと(

『見聞雑誌」

第六号

)、火防夫は一二〇名であったこ

二三年度『花

輪町予算書』

)がわかっている。

また花輪での火災発生時に南館の時鐘をついて町民に周知させることが、二五年度予算書に始めて計上されている。

このほか毛馬内町毛馬内部落では、二五年に毛馬内部火防用水堰樋新規架換としての用水堰改修、部落郷社火

防警備のため戸別割の賦課を行い、部落ぐるみで火災予防にあたっていた(

二五年度『毛馬

内町予算書』

一七年二月勅令により消防組規則が公布された。これによって、全国的統一基準による消防組

消防組規則

の組織運営が行われるようになった。