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このほか、小坂村消防組は四二年九月に認可されている(
『秋田魁新報
四二年九月九日』
)し、柴平村消防組は四四年四月花
輪警察署長から消防旗を授与されている(
『秋田魁新報
四四年四月二〇日』
)。なお、四三年における消防組設置は次表のとおり
である。
第〓表明治四三年消防組設置数である。
(大正2年度
『鹿角郡勢
2角
一班』」
火災予防組合
四二年県火災予防組合規則が公布された。このねらいは各町村の大字もしくは小字を単位と
して組合を設立させ、防火思想の普及をはかることにあった。
毛馬内町では四月から一一月までの期間、消防組が不寝番を常置して夜九時から翌朝まで町内を巡視、警戒に
あたっていた(
前掲『毛
馬内町誌』』
。この夜警巡視に対し毛馬内町毛馬内部落では四二年夜間巡邏手当を新設し、番屋の
炭油代のほか一夜八〇銭、一七五夜分手当を支出したほか、四三年には一夜一円、二一四夜分の予算を計上して
いた。また、火防用池及実習地を毛馬内小学校に設置した(
『毛馬内町
予算書』
)。
一方、すでに三一年から夜廻をして火災予防活動につとめていた町内もあった。花輪六日町・谷地田町では両
町内共同して夜廻組合を結成し、三一年四月一五日から夜廻当番四戸一組が夜一〇時から翌朝四時まで一時間ご
とに、鳴子振りをして両町内を巡回していた。
六日町では、このほか三一年一〇月現在、水籠一五〇箇、内紙張水籠五八箇、武力水籠九二箇、唐団扇二八枚
を備え町内五ケ所に配置し、町内自衛の態勢を整えていた。唐団扇は火団扇とよばれた。