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一四、五年前までは警察及び役場の督励に依り僅かに外観を粧ふまでに止りしが、現時は自から内外の清潔を

実施するの習慣」(

『秋田魁新報

三九年九月一日』

)となった反面「多くは外囲の掃除に依りて其の責を塞ぎ、臨検者亦是れを實

恕するの傾なきに非ず」(

『秋田魁新報

四二年五月六日』

)ということも間々あった。

衛生組合

一〇年各町村に衛生組合を設け、町村民自らの手によって衛生行政に協力する態勢をつくった。

三年毛馬内村外二ケ村戸長役場から毛馬内町役場への引渡目録のなかに「二〇年衛生組合人

員調」が含まれていた。県準則によると一組合二〇戸以内、各組合に組長一名を置き、衛生全般に留意させると

の内容であった。

三〇年三月伝染病予防法の改正により、各町村に衛生組合設置が定められ、三〇年一二月県は衛生組合規則を

定め、各町村に衛生組合を設置させた。しかし「各部落に巡査出席し、衛生組合長並重立者に就き清潔法施行方

法を説示」(

『秋田魁新報

二四年九月四日』

)して普及徹底をはかったが、実態は有名無実だったという。

このほか町村に伝染病予防委員を置く制度が定められ、三一年に伝染病予防委員設置町村を指定した。これに

よって従来各地で自主的に置かれていた予防組合は法制化されることになった。郡で指定されたのは花輪町、柴

平村、毛馬内町の三町村であった。

これをうけ毛馬内町では三二年九月伝染病予防委員を設置したほか、三五年に至って大湯村会でも予防委員選

挙を行っている。

汚物掃除法

三二年県は汚物掃除法施行細則を定め、汚物の搬出は町村の義務とした。その後三七年一月秋

田市外一一ケ町村(

『秋田県史』、ただし県史

年表は土崎港町外九ケ町村

)を汚物掃除法施行地域と指定したが、鹿角では花