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申入れもあった。
一六年の秋田県の道路政策案は、来満街道について次のように記している。来満街道のうち青森県夏坂村から
秋田県境までの数里は、青森県が二五・二六両年度継続として改修工事を行い、半分以上竣工した。県境までの
数町と隧道工事は両県同時に着手すべきものとして、一時工事を中断し秋田県の起工を促している。この路線の
改修が緊急な理由としては、次のことがあげられる。本線に接続する十和田地方は牧場・開墾の適地であり、林
業・養魚にも適しており、交通の便を得れば必ず盛んになるのは疑いないこと。不老倉鉱山があり、近くの四魚
嶽にも鉱物資源の開発が望めること。十和田山は天然林で、その木材は盛岡や八戸の需要に応じることが出来る
が、険路急坂がそれを妨げていること、等である。このように来満街道の改修は、単に当該地方を益するだけで
はなく、船川港から五城目街道を経て本街道に至り、奥州街道に連続する要路であるので、五城目街道の次に位
置するものとする。このように、県は来満街道の重要性を説いている
難工事続く
米満街道の改修工事は三四年の臨時県議会の議決により、いよいよ同年度から三九年度に至る
点
六カ年の継続事業として実施されることになった。『来満街道改修工事禀申書類』
秋田県
庁所蔵
)によ
れば改修すべき路線は、起点の松ノ木から古川橋付近まで直線道路を開き、それから毛馬内地内の濁川街道分崎
仁叟寺
付近
までは現道のままとする。毛馬内町の東北端から現道の左側に沿って高台の畑地に上り、まもなく
現道と交叉してその右側につき、ほぼ真線に進んで岡田部落の左方に至る。この高台の肩に沿い、やがて下って
腰廻橋付近に出て、再び現道により大湯へ入る。下折戸地内の中ノ渡橋付近で路線を右方山腹にとり、上折戸地
〓で現道に合流する。そのまま不老倉に至り、分かれて左方山間の渓流にそって上り、県界付近で秋田県側の一
点(