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鹿角に郵便取扱所が開設されたのは、二年後の七年三月二五日である(
花輪郵便局沿革誌』』及び
毛馬内郵便局沿革誌』
)。
郵便取扱人
鹿角毛馬内毛馬内村毛馬内一一八番地湯瀬哲太郎
花輪花輪村字中町二三〇番地大越嘉吉
続いて大湯郵便局が一五年七月一日(取扱人千葉新太郎)、小坂郵便局が一七年七月、宮川郵便局(安倍悦人
が四四年四月にそれぞれ開設されている。これら郡内の状況は、第四一表の通りである。
郵便の普及拡大
六年四月一日、郵便料金が従来の距離制から全国均一制に改正され、一二月に最初の郵便
葉書二種、郵便封のう
切手付
一六種が発行された。一〇年六月には万国郵便連合に加盟、
の封筒
六年一月一日からは葉書一銭、書状は二匁毎に二銭という全国均一の安い料金制が確立し、郵送の路線や郵便
物の種別、取扱いについての基礎が出来上った。さらに二五年から小包、三二年から年賀郵便の取扱いが始まっ
ている。そしてこの間毎年のように郵便規則や郵便犯罪罰則が制改定され、三三年の郵便法施行により、わが国
の郵便制度が確立した。
しかしこうした諸施策も、最初は県内大衆にとりまだまだ雲の上の話であった。県は七年各戸長に対し、まだ
従来の飛脚が利用されているが、これを止めて新しい郵便を利用するよう指示している。また郵便差出人心得書
を各郵便取扱所や小区の掲示場にかかげさせ、八年には大きな旗を掲揚させて周知方に努めている
『秋田県史』
第五巻明治篇
今ヤ郵便局各町村ニ設置スト雖モ、僻陬之人民未夕信書ノ差出シ個処アルヲ知ラス、或ハ態夫ヲ労役シ又ハ通信ヲ欠缺
シル(中略)依テ管内郵便局一般ニ章旗ヲ建設シ、衆庶ヲシテ各県各地遠ク外国迄モ郵送ニテ普通ノ便利アルヲ見聞覚
)。
知セシメ度ク(後略)