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第一章明治の移り変わり

第15図花輪郵便局初期の交換室

(間藤氏から)

第14図25線用交換機

(藤田組写真帳から)

るまでは紆余曲折があり、設置場所について多くの論議が

あった(

『秋田魁新報』

一四年八月一四日付

)。

〓鹿角郡の電信局設置同郡は鉱山に富み従って諸商人

等続々入込ミて諸取引方も頗る頻繁なれば、夙に電信局設

道の必要を感じ、同郡花輪の有志者は専ら斡旋して該局の

設立を計画し居る趣き兼て噂さありしことなるが、設置の

位置に就きて花輪町民は同町に据置かんと主張し、毛馬内

村民は同郡中央の場所に建設せんと言ひ、双方意見の異な

るより到底甘く尺取らさる模様ありかと、花輪有志は断然

是等不服の村民へ関せず広く同郡各地の賛成を募り、遂〓

先般の郡会に於て多数の意見にて異議なく設置の件を議了

せりと云ふ。

これに続いて三〇年三月毛馬内、三三年九月小坂、四〇

年一二月大湯といずれも郵便局に架設され、郡内に広がっ

た。これにともない電信柱が次々と建てられていったが、

柱間の距離は通常三〇間と定められていた。当時の状況〓

つき「電灯線と共に電信線が街の空をはって、七夕祭のオ