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一、勧業政策の進展

明治前期の勧業

明治新政府が、封建的諸制度を廃して中央集権的近代国家へ脱皮するため、まず当面した

問題の一つは大量にわたる失業士族の救済であった。国や県はこれらの困窮士族のうち、

とくに帰農帰商の者に対して、積極的な授産の方途を講ずることに努めていた。四年八月大蔵省内に勧業寮が設

けられ、六年内務省が新設されるやその一等寮として勧業寮が置かれ「全国農工商ノ諸業ヲ勧将確実盛大ナラシ

ムル」ものと位置づけられた。すなわち当初の勧業には、政府が勧業資本金の名をもって開墾、養蚕、製糸、紡

織等に資金を貸与したように、帰農帰商の士族層に対する授産の意味がつよくこめられていた。

秋田県が五年四月に布達した「秋田県士庶殖産開闢その他に努むべき旨諭旨」

『秋田県史』資料

明治編上四二〇

)では、士族は

帰農帰商して朝廷の趣意に従わねばならないとした上で、当県は桑・漆をはじめ名の高い産物が多くあるので、