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第二節農業振興への努力

封建的諸制度の撤廃

明治新政府は、版籍奉還・廃藩置県をおこない、封建制度のしくみを次々と改めた。

農村・農民についても身分差別を廃し、職業選択や住所移転の自由などを認めたので、

これまでと違った大きな変化がもたらされることとなった。

明治四年(一八七一)一〇月に田畑勝手作りが許され、五年二月には土地永代売買の禁止が解かれた。初めけ

売買・譲渡の土地だけに下付する筈だった地券が、同年八月すべての土地に及ぼすことになり、いわゆる壬申地

券の交付となる。農民は自ら土地所有者となり、自分の土地を自分の思うままに利用し、或いは処分できるよう

になった。しかし四年から年貢米の金納が一部認められたのに次いで、五年九月から田畑貢租米はすべて金納と

なり、九年の地租改正により地価一〇〇分の三(一〇年一月一〇〇分の二・五に改定)と定められたことによっ

て、農家の経営も貨幣経済の仕組にまきこまれ、しだいに農産物の商品化を余儀なくされることになった

明治政府がめざした新しい農村の姿は、五年八月大蔵省の達にうかがわれる(

御觸書』阿部家文書・『鹿角市史)

京料編第十六集』所収毛馬内『御用留』

要約すると次のようであった。

)。

一、これまで土地の旧慣によって、祖先代々召仕った者へ地所を与え、その子孫に至るまで家抱などと唱えて家来同様に