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○「稲」撰種は普通法にて四月初旬水に浸し、大方二週間にして水より上げ二三時間干し、後湯通をして床に入れ四五
日間を経て萠芽を見て、四月下旬蒔付くるなり。苗代には、前年苗を引きたる跡に青草或は柴を枝葉の〓入れ(俗に
「かつき」と云う)、雑草の発生を防き且つ肥料となし、其種子の量は一人打(九畝歩内外)五升を度として下種する
なり。而して播種後四十五日前後にして挿苗をなす(六月上旬なり)。田は春畦を塗り、又谷地畦の如きは鎌を以て畦
を切り廻し、後田打をなす(手鍬、又三本鍬を用う)。秣を刻みて馬〓をなし、又深田は人耕を以て鍬或はコマザラァ
にて〓くなり。而して田〓を二回なす、一を中〓、一を代〓と云う。上地は壱坪に付四十五六株、下地は六七十株を挿
苗し、後二十日間を過くる毎に一番草二番草を取るなり。八月中旬より出穂、九月中旬刈取、杭に掛け乾燥したるを以
て稲稼となす。肥料は夏草又は藁を馬に踏ませ置きて、一番〓の時一反歩に付二三十駄を適度に施し、又は雪中の内に
雪車にて運搬し置くもあり。
○「粟」五月上旬下播し、畑地は前年大小豆を栽培して一切無肥料とす。稀には木灰或は木葉の灰を施しなり。六月下
旬一番抜をなし、雑草を取り土を掛け、七月中旬より下旬に至るまてに二番抜き及二番土を掛け、十月上旬より刈取る
なり。
○「稗」晩種のみにて、以前は毎戸多少植付たれとも、近年に至り概して不足となれり。
○「大根」各部落培養せざるはなし。然れとも平元部落の内寺坂は諸鉱山より人糞尿と交換するを以て、最も多く栽培せ
り、其培養は、普通馬屋肥を敷き込み畦を作り、杭を以て畦に穴を穿つ、夫れに人糞に糠を混したるものをつぎ込み、
其上に種を下播するなり。
○「馬鈴薯」四五十年以前より赤色にして丸形の薯を栽培せし者稀にありたれとも、近年に至りて早種アーレーローズ及
び晩種紫薯等を植付くるに至れり、其培養法は普通の法なり。
○「蕎麦」前年の粟畑及び稗畑等にして、二三回鋤踏返し、七月下旬人糞及ひ土肥を適宜に施し、播種し、九月下旬上
り打つ取る法なり。
)「大豆」五月上旬より五月下旬までに、馬屋肥を敷込み植付をなす。七月上旬畦間を掘り、八月上旬雑草を除き、九
月上旬より漸く採集をなすなり。即ち其採集したるものは多く畑にて乾燥し、晴天を待ち豆を打ち下すなり。