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ほとんど時を同じくして、県は必行事項諭達の具体化として「堆肥管理規則」

)、「乾田実施

三七・九・二〇

県令六〇号

規則」(

三八・七・一

八県令二八号

)、「水稲乾燥実施規則」

同上、県

令二九号

)の、いわゆる三県令を布達した。「堆肥管理規則」の

第一条に、堆肥を屋外に堆積するときは、屋根および外囲を設け雨・雪・日光の侵入を防止し、また四囲に土塀

または溝を築造して液汁の散逸と外部からの水の流入を防ぐ設備をなすこと、第三條には、違反者を一〇円以下

の罰金又は科料もしくは拘留に処すと定めている。「乾田実施規則」は、第一條に水稲は総て乾田に作付すべし、

第二條に水稲作付本田は毎年九月一〇日より翌年五月一五日までに排水すべし、第五條に許可なくして排水しな

いときは一〇円以内の罰金もしくは拘留又は科料に処す、としている。「水稲乾燥実施規則」の、第一條に水稲

は刈取後必ず稲架に懸け乾燥すべしとし、第二條に田面又は畦畔に束立をしたり本鳰を設けることはできないと

定め、同じく罰則をもうけている。

このように強権的な農業政策の展開をみるのは、折しも日露戦争の遂行という非常態勢のなかにおいて、従来

の遅々として進まぬ農事改良に対する、官僚のつよい苛立ちを示すものであった。三県令を推進するため、県は

「戦時産業将励委員」を配置し、その指導に当たらせている。

なお三八年一〇月農会令が改正され、初めて公益法人となったが、翌年二月届出の鹿角郡農会役員は次のよう

に改選されている。すなわち会長河野隆性

、副藤井與一、幹事奈良忠男、石川啓太郎、評議員奈良庄兵衛

青山文太郎、横田八太郎、代表者奈良庄兵衛の人々である(

『秋田県史』資

料、明治編下

)

)。

農事奨励事項

戦時の奨励事項としてとくに強調されたのは、乾燥の徹底をはかる稲架(

ハサの

こと

)と、肥効

を高める堆肥舎の設置であったが、鹿角は他郡に劣らないほどの成績をあげている。当時の