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三、地主・小作人関係
小作地の増加
明治の後半とくに日露戦争をひとつの契機として、農事の改良改善は著しく進んだ。とりわ
け水田稲作の生産力は、耕地整理事業によって画期的な発展をみた。と同時にこの時期は地
主の土地所有が大きく広がり、まったく手作地を持たずに小作料収入のみに依存する寄生地主が急速に増加して
いた。寄生地主のほとんどが在町の商人地主であり、高利貸地主であることも時代の流れであった。
二〇年代前半における鹿角郡内地価一万円以上
四二町
以上
)の大地主は
『秋田県史』資料
明治編上。五七番
)次のようである。
明治二〇年調同二三年調氏〓
氏名
五、四九五円一八、六一九円毛馬内勝又平太郎
四、九三八円一四、〇六二円大湯諏訪音治
五、四三一円一三、四九八円花輪吉田清兵衛
三、一九一円一三、四六八円平元児玉善蔵
一一、六九八円一〇、二一〇円毛馬内山本喜七
〇、〇五三円花輪関村清之助
また当時の農地所有状況は左の通りで、八・五反未満の零細農家が七五・四%という有様であった。
明治二一年鹿角郡地租納税者調(『秋田県史』第五巻明治編、四五三頁』)
鹿角a農家数八・五反未満B地租五円以上〓八・五-一七反以下c地租一〇円以ト
(八・五反以上)
(八・五反以上)(一七反以上)
八九二戸
三、六二一戸二、七二九戸八九二戸四五五戸四三七戸
(一〇〇%)(七五・四%)(二四・六%)(一二・六%)(一二・〇%