テキストを表示

『鹿角の

)。

つけた大湯村諏訪音治の岩沢号も、このアルゼリー種の血をひく駿馬であった(

あゆみ』

一一年二月、畜産協議会は県に委託していた畜産管理を民営に移すことを決め、新たに畜産委員を選び秋田県

畜産会を組織した。これにともない県では畜産取締規則と畜産維持規則を定め、その育成を図っている。会は当

定員

面の目標として馬匹改良を掲げ、種牡馬の充実と適正配置を急ぐこととした。鹿角郡選出の畜産委員(〓

)は、

二名

二五年四月現在で根本五郎、安倍悦人である。なおこの時期畜産市場はようやく好転の兆がみえ、一六年以来平

均四、五円に低落していた二歳駒の価格は二四年に一気に一二円余に騰貴し、各糶場とも好景況を呈してきた。

○一〇月九日より四日間駒糶場鹿角郡花輪町

頭数二六三頭売価三、四九三円一頭平均一三円二八銭一厘

○一〇月一三日より四日間駒糶場同郡毛馬内町

頭数三五三頭売価四、六五六円六〇銭一頭平均一三円一九銭一厘

(秋田魁、二五・一一・三付)

また二七、八年の日清戦争を契機として、県内に軍馬育成の気運が高まった。三一年畜産会は馬価改良のため

洋種牡馬の輸入を決議し、これに応えて県は翌年三月ハクニー種三頭を購入し、これが本県ハクニー種馬輸入の

初めとなった。三三年三月、新たに産牛馬組合法が公布され、これにならって県畜産会は同七月一日より秋田県

産牛馬組合に組織を改めた。同組合は引続き洋種馬の導入に努め、三四年英国産ハクニー種三頭、三五年同じく

ハクニー種四頭、三九年仏国よりアングロノルマン種三頭など、県が輸入し産牛馬組合に交付している。日露戦

争中は洋種馬が入手できず、三七年に北海道産馬七頭・岩手県産馬二頭の県購入馬が組合に貸与された。翌年五

月陸軍省から洋種牝馬四頭が下附され、九月米国産トロッター種牡馬三頭と、北海道産一一頭も到着した。