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しれまで二歳駒糶場は県内四二カ所に開設されていたが、市場の範囲を広げ出陳の馬匹数を多くすることの要

望が強まり、三八年三月、県は小区域の糶場を統合し県内一八カ所に限定するとともに、その開設日数をも短縮

した。鹿角は従来通り毛馬内町、花輪町の二カ所開設と変わらなかったが、日数は四日から三日間に短縮された。

また長年の宿題とされてきた駒犢仕法金の増徴については、本県の産馬牛の飛躍的増殖の財源とするため、三八

年度から従来の糶払代金の一〇〇ノ四を一〇〇分ノ七、売買両主より折半徴収することに決定した。

またこの年一〇月、県産牛馬組合にて農商務省から貸下の濠州産牝馬一九〇頭の郡別配分数を定めたが、鹿角

郡は一五頭であった(

(秋田魁、三八・)

一〇・一一付

)。

○三八年本県貸下濠州産牝馬

名号毛色摘要管理者

石園鹿毛大正二年一二月斃死曙佐藤録太郎

〓矢鹿毛曙根本五郎

神田鹿毛大湯諏訪音治

三ツ幾青毛明治四四年四月斃死曙渡部文蔵

玉国鹿毛明治四四年四月斃死小坂工藤作兵衛

玉里栗毛明治四二年一二月斃死宮川高田佐次郎

鬼草黒鹿毛花輪小田島治右衛門

四ツ芽鹿毛明治四四年六月斃死宮川関吉之助

川岸鹿毛

川岸鹿毛花輪石井留之助

五ツ陸青毛明治三九年四月斃死宮川渋谷正治

花国鹿毛明治四三年一〇月斃死錦木青山文太郎

大曲鹿毛明治四二年四月斃死小坂秋本喜之

稲田青毛七滝沢田伊之助

玉柳鹿毛明治三九年九月斃死大湯木村文吉

風巻鹿毛花輪賀川芳五郎