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〓牛
鹿角の牛
鉱山に富む鹿角は、近世の頃から鉱石や物資の運搬に多くの牛が使役されていたと伝えられて
)の牛飼育頭数が、尾去沢一〇四頭・長内六頭・
)。
いる。しかしその割には、牛の正確な頭数を知る手がかりなど全くといってよい程残されてい
旧花
ない。秋田県編入当時の明治五年、初めて第二大区第七小区
輪通
三ケ田四頭・谷内一二頭・総計一二六頭と明らかになってくるものの、
残念ながら第六小区(
旧毛馬
内通
)の分を欠いたままである
『鹿角市史』第二)
巻上・三四三頁
二年調査による県内の民有牛は下表の通りであるが、面積・人口と
も最小に属する鹿角において、牛の飼育頭数がもっとも多いことは、
体何に起因するとみるべきであろうか。
二六年『郡誌』(
小田島
由義編
)には、牛の飼育頭数六一八頭と記載され、
また頭数が次第に増加しつつあることが、次の二例からも推察できる。
○『大湯村誌』から二七年八頭三二年一八頭
○『柴平村誌』から二七年二八年二九年三〇年三一年
〔『秋田県治一覧概表』明治13年』
八三頭八三頭一〇〇頭一一二頭九七頭
その後の郡産牛の推移を、四〇年に指標をとり、各町村別にみると第
一三表のごとくである。当時の郡内における産牛地は小坂・柴平・宮川