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)。
輪、尾去沢方面で、屠殺される馬匹はほとんど郡内生産の老廃馬に限られていた
『鹿角郡産
業調査』
屠場は、第二四表にみると三七年まで三カ所あったものがだんだん減り、四〇年以降は小坂一カ所のみとなっ
た模様である。当時花輪の屠殺場は古老の語るところでは、下夕町の避病舎の付近であったという
牛乳については、既に一八年阿部恭助日記
『見聞
雑誌』
)に病母飲用のことがみえ、『鹿友会誌第弐冊』
明治
二五年
小田島
の郡内物産の項には「牛乳一〇石四斗七升五合」と記されている。また二六年度『郡誌』
)のうち「商業
由義編
第25表明治37~大正元年鹿角の牛乳生産状況
(42年を欠く、明治41年『鹿角郡統計摘要』・大正元年『鹿角郡勢
一斑』から