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〓工品は、従事者の多い点では群を抜いており、三八年の時点では郡内農家四、〇〇三戸中、その六〇%にあ
たる二、四〇五戸が商品としての藁細工を作っている。これは農業の副業として農閑期の利用や夜なべによる
家族労働にたよった生産であった。自家用の生産も無論多かったが、商品としては下川原の喬、狐平のとば、田
ノ目のかます、鏡田の縄、鶴田のわらじ、館の深沓、小平の藁沓などが、各々の部落の特産品していたという。
脛を保護する
また蒲の葉で編んだ蒲はばき(
)は七滝地区の特産で、年間七、〇〇〇個ほどの安定した生産をみ
ためのもの
せているが販路等は不明である。
畳表は柴平だけに限られ、従事者も少ない。二六年『郡誌』』には「畳刺四人」とあるから、三七年まで人数は
変わっていないことになる。なお原料の藺草については鹿角は九年に六二斤を生産し一
第三表
参照
)、県農事試験場
でも二九年に藺草苗をつくり各地に配布しているが
旧版『秋田県
史』第七冊
)、いつまでどの程度栽培されたかについては
記録がない。
茶は二〇年前後、毛馬内の勝又平太郎と山本喜七が上野平の勧業場で栽培し、古町の泉沢家の小屋に焙爐を訟
けて煎茶の製造を試みたが失敗に終ったという一
伊藤良三『毛馬内郷土史
資料』明治時代の部・巾
)。ただ郡統計には何人かの製造業者がみ
えるが、茶の栽培が行われていたかどうかは明らかでない。
竹細工は草木地区が主な製産地で、根曲竹を利用して笊・籠・箕・笏などを作り、市日で売ったり荒物商に卸
したりした。二六年に郡内で一二、〇〇〇個
『郡
誌』
)、三二年に大湯で一、五〇〇個
『大湯
村誌』』
)を作ったという記
録もある。
木製品については、下駄の素材としての桐やさわぐるみの供給が、二七年の統計によると鹿角が他地域を凌駕