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新設のほか三五年一二月、県内一〇カ所に貯蓄代理店を委嘱してい

る。

(

土崎秋田銀行支店鷹巣成田喜一郎

花輪小田島源太郎能代大久保銀行

扇田大久保銀行支店本荘本荘銀行

湯沢湯沢銀行横手五業銀行

大曲大曲銀行牛島布川為之助

花輪代理店を請負った小田島家は、三八年五月の大火に際して被

災、これを期に銀行業から引退している。

また四〇年一一月に秋田銀行小坂出張所の開設をみた。当時小坂

鉱山は合名会社藤田組一

資本金六

〇〇万円

)経営のもと、事務所本館の建設

三一年

新築

)、小坂鉄道建設一

四一年

開通

)、露天掘採鉱開始一

)など、

ますます隆盛を極めていた。このような状況の中での出張所開設に

秋田魁新報・明治

対し、地元の賛辞は最大級のものであった。(

匹〇・・一

小坂鉱山は鉱業として全く完全し東洋第一の鉱山として世界に恥じざ

るは論なく、人口として(秋田県)第二の都会なるに金融機関たる銀

行の非ざりしは遺憾とする処なりしが、今回最も信用ある秋田銀行が

出張所を見るに至りしは当地住民に一大幸福を与えられたるものなり。

開業当初の業績の一端を示せば、下表のとおりである。

第48表明治40・41年の秋田銀行小坂支店の業績

(1)預貸金残高

(2)為替取扱高