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第三章鉱山の隆替
第一節幕末・明治初期の鉱山の動向
一、激動する政局と尾去沢鉱山
貿易用産銅と
技術の革新
銅山としての尾去沢鉱山は、秋田の阿仁や伊予の別子銅山などとともに、幕藩制期を通じて、
オランダ・清国貿易用の銅の割当額の完遂のために、地元ではつねに四苦八苦の応対を余儀
なくされていた。
特に高い生産費の割に、幕府の買上価格の低さが最大の問題点であった。
したがって、少しでもこの格差を縮めることが経営上不可欠な要件であった。
ののために、地元では山先以下、掘大工・掘子などが総力を結集して、新高品鉱の発見、旧坑の取明けなどに
取組みながら、経営の全体としては、投下資本額や労働量の抑制に留意せざるを得なかった。
こうした努力と、合理化の推進の結果として、生産活動の中枢を担う採鉱部門において、「合掌掘」という撃