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プニ於ケルモ如今水猶浅キヲ以テ小キナル者ニテ事足ルヘシ、金坑に於ケル当初ハ大盛、即今ハ衰ヘタリト稼人ハ言フ

ト雖モ、是又身好ノ器械ヲ用ヒハ、今日ニテモ坑中所有ノ利益ハ採捨スヘシ、是ヲ以テ受負人ニ改革法ヲ示スト雖モ財

貨ノ不足ヲ以テ辨ス、改革法ヲ用ユル事政府ニ有

この報告書の内容からして、選鉱、製錬に問題があること、そして行詰って放棄した坑道の排水に問題がある

と、また、何よりも経営に要する資本がないことなど、技術面だけでなく経営管理面にまで、問題点というか、

その実態を明確に指摘している。

刑罰規定

〓戸時代の尾去沢鉱山において、鉱夫を統御するための「山法」について『市史第二巻・上」

「おいて、『御銅山御定目帳』に書留られている「定法」、「定」、そして『寛政元酉年御銅

山御見使江差出山法書留』、いわゆる「山例五十三カ条」などが紹介されている。

特に山例五十三カ条は、その成立の時期について、今後さらに研究の余地を残しているけれども、採鉱関係労

働者の間に締約された擬制的親族関係としての「友子」の「根本義」とされていただけに、これが明治期になっ

てどのように扱われていたのか興味のもてるところである。

尾去沢鉱山の山相方、内田慎吾の控である『山法書』によれば、明治初期は基本的に右の「定法」や「山例五

十三カ条」の系譜につらなる文言を列挙して、「山例」、「山律憲法」、「礦場律」などの名称のもとに鉱夫を

統御していた。

次にこれらを紹介する。