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死命候トキハ御訟可為御公法事

一、慮外無調法

、憲法ヲ不恐役方ノ申付ヲ背き候者

一、職分懶怠ノ者

一、間夫密通

一、諸勝負博奕ノ宿イタシタル者

右六條厳敷取押下山申付候事

一、出奔ハ永ク山内ヲ構ウ事

一、毎條犯憲者未進借高有之則ハ梁下取押へ候事

右数件大規模相定ムトイへ共細条ハ時宜見計ヘヲ以過

科掘或ハ贖物等有之事

明治六年

癸酉

第八月

ただし、この山律憲法は鉱山名が記されていないが、他分尾去沢鉱山で適用されたものと思われる。

藤太郎一件

右の山律憲法にはその条文の後に「明治六年癸酉二月十三日夜盗弐名仕置左之通」という一件

音類が添付され、尾去沢において犯罪に対する刑罰が、その条項に準じておこなわれているこ

とを示している。

関連して、この事件の内容と犯罪人に対する刑罰を次にあげてみる。

云る十三日之夜、内政配下之僕友治、藤太郎連立竊ニ悪事ヲ工ミ御構内雑物蔵ニ忍ビ入リ、囲ヒ置キノ銕二箇、鋼

問竊盗細々之事件柄、委曲出納所ヨリ差出ノ別記アリ此ニ因テ是ノ年ニ受ケ込ミ、典正ノ厳威ヲ以テ逐一糺弾ヲ遂け候

所、別記ノ旨趣ニ出ス一々符合仕候、右罪状ニ依テ処置左ノ如シ、裁断に曰、先般銅塊竊盗ノ御処分至当ノ目的トシテ

之ヲ論セスンハアルヘカラス、銅山中ノ物品重キ事銅ニ過タルヘカラスト雖悪ニ工ミノ仕柄ニ因テ、軽重量校ハ当然ノ

事、今是ノ罪状察スルニ、其品ニ於テハ銅ヨリ稍軽シ、然し其封印ノ厳囲ヲ推破リ其兇暴最モ可