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第一国立銀行
頭取/支配人御中
同
秋田県管下陸中国鹿角郡尾去沢銅山
槻本幸八郎
同
東京府管下第四大区九小区湯島三組町百拾五番地
濃泉勝三郎
なお濃泉勝三郎は大蔵勝三郎の改姓である。この時の抵当品録の「尾去沢銅山据附諸器械明細書」写が県庁文
書のなかに保管されている。小器材に至るまでの明細が書出されており、当時の鉱山設備を知る上で興味深い。
このほかにも、資金調達のため、一七年五月鉱業会社が横浜の英人モリソン商会より洋銀一万三、五〇〇ドル
を一八年一月を期限として借入れ、返済が遅れたためモリソンから訴訟を提起された。山元居住の株主達にも裁
判所からの召換騒ぎなどがあって、この裁判は二〇年春まで継続している
遺産取戻訴訟
〓めに銅山払下をうけた岡田平蔵は七年一月に没し、その事業を岡田平馬が継承し、さらに
北馬の子平太が継いだ。平蔵には平太郎という実子があったが、当時幼少であったため父の
後継者とはなり得なかった。
六年一月、平太郎の後見人である実母岡田セイは、平馬らが平蔵名義の財産を勝手に処分しているとして、
代言人に星享を立て、岡田平馬、阿部潜、岡田平太、槻本幸八郎、濃泉勝三郎を被告とする遺産取戻の訴訟を起