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もできなかった。
佐伯は一冊の帳簿を大江松太郎につきつけ、これに署名捺印せよと迫った。大江が拒否したので、河野ら数名は大江、
両田の椅子を倒し、手足を捕えて戸外に引出さんとした。再び暴徒は上局に乱入し、卓上の事務所用の印章箱を奪い去
りんとするを、岡田、境がこれを庇う。佐伯、河野は、事務上の印章は吾らに渡せ、もはや汝らの所有ではないと叱〓
する。数名の暴徒は両人の前後左右からとりかかり、岡田の手足を押え境の首を扼して印章箱を強奪した。うち一人が
屋外に走り出て、事務所は全く封印し小真木の事務所になった、と連呼した。
その後戸長役場より用係が出張してき、暴徒の鎮圧に当たり、役場からも花輪警察置へ急報した旨を告げるや、
暴徒らは追々に走り去って姿を消した。署員によって佐伯剛平、青山金一郎等は直ちに拘引され、この騒擾は
応鎮まった。
その終息
いの事件の大局は、鉱山の不振による鉱業会社内部役員の不和確執にあったとみられる。即ち
〓表の一人阿部潜と頭取岡田平太のそれぞれの思惑の食違いが、この混乱を生んだ。当時尾去
沢鉱山の予想以上の窮迫ぶりと、岡田の画策による三菱会社との接近の度合は、つぎの「尾去沢鉱山暴行事蹟〓
調」のため出張した秋田県属日野幹太郎の復命書にみることができる。日野は勧業御用として鷹巣村へ出張滞在
中に、鉱山暴行事件の取調を命ぜられ、五月二十四日以降調査を進め、六月七日付でこの復命書を提出している。
その要点のみを挙げると
一、五月二五日鉱山事務所に大江松太郎に面接す。過般岡田平太より森村忠作に対し、金坑譲渡願済の上は、該
山の事業は三菱会社の施行に移すとの計画なる旨を申出ていたという。かつ暴行事件後該山へ到着した三菱会
社員長谷川芳之助に面接した際、同人もその旨を陳弁していた(長谷川の来山は、従来八月といわれていたが