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助、「同阿部治助ヨリ権限引受人」阿部権次郎より中嶋藤右衛門宛に示されている。その後法的手続が完了し、
盈岡鉱山監督局より中嶋藤右衛門へ鉱業特許證書換許可となったのは、三三年八月のことであった
小坂鉱山では、二〇年代に入って黒鉱処理の研究が懸命に続けられ、二九年には亜鉛雷
大湯村と小坂鉱山
錬設備が拡大され、やがて工場操業の段階に移っていった。
このような状況のなかで、二九年九月大湯川上流に銚子第一発電所の着工をみ、三〇年六月運転開始、同年九
月出力一五〇キロワットの使用認可を得た。発電所から山許まで一八キロメートルを送電し、鉱山現場の送風
砕鐡、砕鉱および電気分銅の動力と約一、〇〇〇灯の電灯に使用された。この水力電気は、わが国の鉱山にあっ
ては足尾銅山に次ぐ早いもので、かつ小坂の操業近代化への画期的な第一歩であったといわれる。同発電所にけ
つづいて三三年二号水車発電機が設置された。
小坂は着々と鉱山の電化を進め、三五年の電気ポンプによる坑内排水、竪坑の電気巻揚機、電動空気圧縮機〓
よるハンマー型さく岩機の使用、運転軌道の電化、奥羽線白沢駅までの索道架設、三七年坑内電車、四二年坑内
常備灯の設備など、めざましい成果をあげている。
これらの鉱山電化は、すべて大湯川水系の水力発電に頼ることとなった。期せずして大湯川は、当時県下第
の電源地帯を形成するに至った。銚子発電所に次いで
四マ
・三四年三月、小坂・扇平間
〓)に発電所建設用の索道を架設する。
イル
・三五年八月、止滝第二発電所
五〇〇
Kw
)運転開始す。
・三八年七月、銚子発電所の第二号機を止滝第二発電所へ移設。代りに五〇〇〓発電機を増設、運転開始。