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六〇〇
・三九年七月、扇平第三発電所一
)運転開始す。
Kw
・四一年九月、大湯第四発電所第一号機
七五〇
KW
)運転開始す。
七五〇
・四四年一月、大湯第四発電所第二号発電機一
)増設す。
KW
これらの発電所建設工事にともない、多数の労務省が大湯村へ流入して、発電所のみならず大規模な発電用水
路の開鑿工事に従事し、しかも工事そのものは継続的に長期にわたるものであった。村の寄留人口は増加し、発
電所周辺に電気課職員の役宅が並び、温泉地区には保養施設、慰安施設が新たにできて、すこぶる活況を呈する
こととなった。
初め発電所建設用として架設された小坂・扇平間索道は、引続き鉱山用資材や薪炭の運搬に使用され、やがて
大正二年には買鉱運搬のため不老倉鉱山まで延長となる。索道場には数棟の倉庫や係員の住宅が付設され、発雷
所と同様山間にひとつの大事業場を現出した観があった。
出〓る)迄一明治二年ヨリ現今二至ル之養セル筆山ノ地名
注1、鹿角市文化財調査資料8『尾去沢鉱山関係文書』(その2)〓〓「明治二年ヨリ現今ニ至ル迄稼行セル鉱山ノ地名
鉱質及発見ノ原由借区坪数人名等」、鹿角市教育委員会。
注2、『秋田県史』資料明治編上、四七〇「小野組請負稼諸鉱山之内細地鉱山外五ケ山廃山相成度儀伺」
注3、『秋田県史』資料明治編上、四七九「小野組借区諸鉱山所有物出鉱現在商共他調」
注4、秋田県庁文書、一三年「勧業課諸務係事務簿鉱山ノ部」一番
注5、注1に同じ。