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レハ〓小新宅た図

〓1図寸陰館校舎平面図(川村家文書)

されている。通称佐新さんといわれたこの屋敷は、敷地二、〇

〇〇坪の広大なものであった(

第一)。

)。

寸陰館開館にともない、館の経営を順調

寸陰館の諸規則

に進め、また館内の規律を守るために様々

な規則が定められた。その大部分は遠野本館の規則に準じてい

る。まず授業に関しては、次のような「学則」がある。

一、素読ハ毎朝六時起、四時止事。

午前五時起床

午後九時終了

但銘々読候紙員起止簿江相記差出可申、復読書数同断之事。

一、酒掃ハ弟子之職也。日々可勤不可怠事。

一、諸会七ツ時退散之事。

但退散之時共、各尽礼譲可正行義事。

一、館中ハ諸役方勿論、有徳之者可為上席事。

但長者江対し不敬不可致事。

一、館門出入ハ役方江用事可相届、猥ニ出入止之事。

但急変ハ格別之事。

一、総而非道之挙動有之間敷事。

右之条々急度相守、日々勉強夜々研窮、夫々国家之御用ニ相立候

様心懸可申、懶惰ニ打過規則ニ反シ候ハ屹度可申付者也。

寸陰館

明治三年午三月寸陰館

(『諸学校規則』・川村家文書)