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寸陰館の使用図書
また年令別の入学者では一一才から一九才が多いが、中には六五才の老人も入学している。年令記入のない者
が一〇四名と多い理由は明らかでないが、農工商の子弟に多い。
寸陰館における教育の方法・内容は、旧藩時代の塾や寺小屋とほとんど変りがなかった
教科書としては、郷校や塾から移ってきた者に対しては主として四書五経等の漢籍が
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寺小屋に学んだ農工商の子弟に対しては実用性の強い往来物が使用されることが多かった。またそれぞれの進度
により、別の教科書が使われた。
漢籍を学ぶ者で最も多いのは『論語』の二五人、以下『孟子』二二人、『大学』『詩経』共に一二人、『中庸』
八人などである。往来物では『庭訓往来』九人、『商売往来』『百姓往来』若干、他に『実語経』なども見える。
寸陰館の蔵書には、これらの書物のほか『資治通鑑』『日本外史』『国史略』『歴史綱鑑補』等々の経書、史書、
政治書や、『万葉集』など広く和漢の図書があった。これらは元給人を中心に、花輪・毛馬内の人々が自家の蔵
書を献本したものである。例えば、元毛馬内給人・岩泉繁助からは次の通り寄贈があった
松宮氏所
蔵岩泉家文書
)。
)
一、皇朝史略一部十巻
一、皇朝史略続一部五巻
明治三年午五月寸陰館進学所
毛馬内町繁助殿
このほか、教師達の所蔵本も寄託されている。